Home Sweet Home 2 ―おまけの話 その3


*注意書き

 ・キャロさん卵料理事件を思い出すこと
 ・胸やけ描写あり






Home Sweet Home 2





おまけの話 その3.「Girls’ talk」




――――「それにしてもキャロル、素敵なだんな様よねー」
「そ、そう?ありがとう」

キッチンで夕食の準備をするばあやとリード夫人を、キャロルとマリアが手伝い、野菜の皮剥きをしながらお喋りに興じていた。

「信じられないくらいハンサムで、男らしくて……なんて言うか……すごくセクシーよね。ほんといい男!それから―――」
「―――マリアさん、失礼ですよ、そんな言い方」
「あら、ホントのことじゃなーい」
せ、セクシーって……ええ!?
思わずキャロルの顔にボッと熱い火が灯る。
昔から物怖じせず大胆なこともはっきり発言するこの親友にそう言われると、余計になんだか恥ずかしくなってしまい、キャロルは話の矛先を変えようとマリアへ顔を向けた。

「ま、マリアこそ!さっきロディ兄さんとキスしてたでしょ?なんだかすっごく不思議な気分だったわよ、私」
「よく言うわよ!自分だってあんな熱烈なキスシーン見せ付けといて」
「うわ、それ言わないで!」
お喋りばかりでちっとも作業が進んでいないことに内心困っていたばあやだったが、久しぶりのことに始終にこやかなリード夫人を目の前にしてばあやも珍しく小言を言わずにいた。

「ねえ、彼って何者なの?なんかこう……ここにいるべき人じゃないっていうか……天上人みたいな、とても普通の人には見えなくて」
「う……それは……」
「マリア」
リード夫人が首を振って「それは聞いちゃ駄目」という目でマリアを諭す。

「マリアさんこそお話になったらどうですか?ロディ様とのご結婚のいきさつを」
「そうよ!私それ聞きたい!」
「えー!」
めずらしくちょっと恥ずかしそうな顔をして、マリアは野菜の皮を剥く手を止め話し始めた。

「……キャロルが居なくなってしまった後にね、私キャロルのママが心配で。私で慰めになればって、しょっちゅうここへ顔を出していたの」
「まあ!そうだったの?」 
キャロルがリード夫人に顔を向けると夫人は微笑んで頷いた。
「そうよ、キャロル。ほかのお友達が一緒の時もあったけど、本当にマリアはよく私を慰めに来てくれていたわ」
リード夫人とマリアが微笑み合う。

「学校の帰りに寄ってたから夕食を頂く事もよくあって。遅くなった帰りにはよくロディが送ってくれてね。彼と話しているととても楽しくて……それで、気が付くとデートするようになってて」
「ふうーん……私てっきりマリアはハッサンと」
「まあ!ハッサンとは付き合ってたわけじゃないわ。彼って気が多かったし」
「うーん……確かに」
キャロルの脳裏に、何時も調子のよい少年の顔が思い出された。
それに私、本当の事言うと昔はこっそりライアンさんに憧れていたのよね。
それがロディと愛し合うことになったなんて。ほんと、人生って判らないわね。
内心でマリアは呟いていた。

「でもね、高校卒業したら私の家族がアメリカに帰ることになっちゃって。そしたらロディに帰らないでくれって、プロポーズされちゃった」 
「きゃあ!ホント?ロディ兄さんが?」 
「まだ子供だってパパ達は心配したんだけどね」
「マリアって昔から底抜けに明るくてムードメーカーだったもの。きっとロディ兄さん、マリアといると楽しくて、ずっと傍にいてほしかったのね」
「ふふっ、そうかな」
照れて笑うマリアをじっとキャロルは見つめた。

「キャロル、マリアはね、いつもママにこう言ってくれていたわ。
キャロルはきっと必ず帰って来ます、学校でキャロルを非難する子もいるけど、私はキャロルを信じてます、って。
きっとキャロルは何処かで愛する人と授かった子供と幸せに暮らしているとそう信じてますって、そう言ってくれたのよ。あなたがどうしてもアフマドと愛し合っていたとは思えなかったらしいわ。
おばさま、キャロルとっても綺麗になったでしょ?きっと愛されてるから、愛する人がいて幸せだったからだと思いますって、そうママに言っていたわ」
「マリア……」
潤んだ瞳のキャロルに見つめられ、マリアは照れ隠しに肩をすくめた。

「でも私も、最初はとてもビックリしたし正直複雑な思いもあったのよ」
”だって私、ジミーとも友達だったもの。ジミーが苦しんでるのも見てて辛かったから”  口には出さずマリアは心の中でそう呟いた。

「でも、記憶を無くして苦しんでるキャロルを見てて、こんなに、こんなに思い出そうと一生懸命なんだもの、絶対に愛する人との子供に違いないって思ったの。不幸な目に遭ってるキャロルがこんなに綺麗になってるはずがないじゃないって。 それに絶対相手はアフマドじゃないって、これだけは絶対言い切れる自信があったのよ、私。なんでかな?私だってまだまだほんの子供だったのにね」
笑って舌を出すマリアの手をキャロルはそっと握り締めた。

私が居ない間、その明るさで、私に代わってママやロディを支えてくれていたんだ。
「マリア、ありがとう……ありがとう!ママのこと助けてくれたのね」
感謝の気持ちでマリアを見つめると鼻の奥がつんとした。
二人の目には涙が盛り上がっていたが、マリアは笑ってそれを拭うとまた野菜の皮を剥き始めた。

「ほらー、キャロル、手が止まってる! 早くしないと日が暮れてきたわよ!」
「もう、マリアったら。すぐそうやって照れるんだから。もうちょっとロディ兄さんとの話いろいろ聞かせてよ」
「やだ。私こそキャロルとあのセクシーなだんな様の話もっと聞きたーい!」
「せ……そ、そんな」
涙をごまかすようにお道化てみせるマリアに、キャロルは真っ赤になってたじろぐばかりで、すっかりマリアのペースに乗せられていた。

 

――――「キャロル……キャロルー!居らぬのか?キャロルー!」
庭先から裏口へ入ったメンフィスはキャロルの姿を探していた。
返事はなかったが、向こうでキャロルとマリアのさえずる声が聞こえていた。

声のする方へ足を進める。
ダイニングルームを抜けてキッチンへ入っていくと、キャロルとマリア、リード夫人、ばあやの4人が楽しそうにお喋りしながら夕飯の準備をしているところだった。

「―――よい匂いだな、キャロル」
「あ、メンフィス」
「……そなた……一体何をしておる?」
「え……見れば解るでしょ」 
野菜の皮を慣れない手つきで剥きながら、こちらも見ずにキャロルが答えた。
さっきのマリアとの会話を思い出し、恥ずかしくてメンフィスの顔をまともに見れないからなのであったが。
見れば、キャロルの前には、卵がこれでもかとボウルに山積みにされ置いてあった。
む……! 
メンフィスの眉が僅かばかり角度を変える。

「……ばあや殿」
「はい、なんでしょう?」
「お尋ねしたいのだが……卵料理以外のものはござらぬのか?」
「メッ―――」
「―――なんですか?」
質問の意味がよく解らず、ばあやが訝しげな顔をした。
「メンフィス!」
「??」
「いや、卵以外の物もあれば、まこと嬉しいのでござるが」
「もちろんですよ!今宵はアボカドと海老のサラダにブイヤベース、ローストビーフに、キャロルさんの大好きなクスクスには豆の煮込みを添えて、えーとそれから―――」
「―――ならば結構。安心いたした」
ちらりとキャロルの顔を見ると、真っ赤な顔をして自分を睨み付けていた。

「そのような顔をいたすな。それよりこれを」
ビールの空き瓶をかざし催促すると、マリアが冷蔵庫から冷えたビールを取り出して来てメンフィスへ渡した。
「これはかたじけない」
「こちらこそ。さっきはお邪魔してごめんなさいね」
小声でそう言うと、マリアが意味ありげにウィンクを返し、それを見たメンフィスは僅かに瞠目した。

「メンフィス様は卵がお嫌いなのですか?それともアレルギーとか?」
ばあやがキャロルに向かって尋ねる。
「いや、嫌いではないのだが、些か飽きてい―――」
「―――もう!邪魔しないでメンフィス!」
キャロルは野菜を放り出すと、メンフィスの背中を押してキッチンから追い出しにかかった。

「こやつまた!何をする!無礼者め」
「もう!メンフィスの馬鹿馬鹿ばかっ!!」
「はっはっは。ばあや殿!卵料理以外のものをキャロルに指南しては頂けまいか?」
「メンフィスーーーっ!」
メンフィスの高笑いとキャロルの大声が遠ざかって行く。

「ふふ……ホントに仲がいいこと」
リード夫人が優しい瞳で二人を見送り呟くと、マリアとばあやも目を見合わせて笑った。
「そういう事なら、キャロルさんに厳しくお教えしなくては。ね、奥様」
ばあやはフンと笑うとエプロンの紐をぎゅっと結びなおした。




ダイニングを抜けて、裏口のドアの前でようやくキャロルはメンフィスの背中から手を放した。
「もう!ホントに意地悪」
「ふん、昼間の仕返しぞ」
くく、と喉の奥で笑いながらメンフィスがキャロルへと振り返る。
「んまー!さっきは許すって言ったじゃない」
「気が変わった。あれではまだまだ足りぬ」

そう言うとメンフィスはビールの瓶を手に持ったまま、キャロルの背中に手を回し抱き寄せて唇を寄せた。
「……ん」
長い口付けの後、ようやく唇を解放されたキャロルはしかめっ面でメンフィスを見上げた。
「メンフィス、お酒くさい」 
「いつものことではないか。それより」
ニヤッと笑ってメンフィスはキャロルの顔を覗き込む。
「卵以外のものをしかと習ってまいれ」
「もうー!メンフィス!」
ははは……と楽しそうに笑ってもう一度キャロルを抱き寄せ、じっと顔を見下ろした。

窓からはすっかり茜色に染まった空が見えて、キャロルの美しい金色の髪を、碧い瞳を、紅く照らし出していた。

頬が紅いのも空のせいであろうか。

「……実のところ、そなたはその様な事覚えずともよい。料理など料理番に任せおけばよいのだ。かようなこと、王妃のすることではない」
「え?」
「そなたのことだ。興味を持てばあれこれと欲張りすぎ、周りを巻き込み大変なことになろう。これ以上、私との時間を減らし、私以外のことに費やすのは我慢がならぬ」
「何よそれ。メンフィスの為にお料理してどこがいけないの?」
唇をプッと尖らせてキャロルが抗議の声をあげた。

またそのように唇を尖らせよって。

もどかしい程に愛しさが込み上げるその表情。 
まったくそなたというやつは。 

「何を申す。そなた以外に私を満足させる馳走などあるものか」
 
そう言うとメンフィスは、可愛らしく尖った唇に啄むような口付けを与えた。

「やはり私にはこれが一番ぞ」
「もう、メンフィスってば」
真っ赤になりメンフィスを睨むキャロル。

悪戯を思いついたように唇の端を持ち上げると、メンフィスはキャロルの唇を指でそっとなぞる。

「今宵は母上殿に王子を委ねようぞ。この私を二度も追い出すなど、きつい仕置きが必要なようだ。この唇以外にも色々と食さねばならぬな」
「!」

メンフィスは再びキャロルの唇を奪うと、マリアがしたように意味ありげな表情で微笑んで、片目を瞑った。








――――エジプト王宮では毎日色々な噂が風に乗って駆け抜ける。


ねえ、お聞きになった?
王宮にお戻りになったメンフィス様がその後、王妃様直々による手料理の数々に、困った顔をされながらもお喜びになったとか!

いいえ、それが卵料理ではなかったのですって! 王妃様ったら、それはもう、勝ち誇ったようなお顔をしてらっしゃったそうよ。




それから。
林檎と肉桂皮(シナモン)を煮たものと干し葡萄を詰めた焼菓子を―――確か王妃様が『アップルパイ』と仰っていたかしら、王子様が食べたいとねだられたのだけど、でも正しい材料が手に入らないからと、なかなか王妃様が思うようにお作りになれなくて、見かねた料理長が聞きかじりで作って差し上げたら、王子様がそれはもう大喜びされたとか。



それから。
戻られてからファラオが珍しく麦酒をご所望されるようになったのだけど、「お腹が出るから駄目!」って王妃様が禁じてしまわれて。
それを聞かれたファラオが、「この私の腹が出るだとーっ!!?誰に向かって言っておるーっ!」ってものすごくお怒りになって、でもね、実は王妃様は麦酒の匂いが苦手なご様子で。
それでファラオに麦酒をお止めになってほしかったと解ってから、麦酒を召されるのをお止めになったんですって!
王妃様、葡萄酒の香りはお嫌いじゃないみたいだし。

ねえ、それってやっぱり……

やっぱりそういうことよね?




それからそれから………

ねえ知ってる?メンフィス様が王妃様とお忍びの旅より戻られてからというもの、王妃様だけに片目を瞑っておみせになる癖が増えたのを。
ある時は背中で扉を押し開きながら、寝台の中の気だるそうな王妃様に向かって、またある時は、視察に行かれるファラオをお見送りされる王妃様の耳元で何かを囁かれて、真っ赤になった王妃様に向かって。

それはもう艶めいて色香漂う素敵なお顔で、それを見た者は皆うっとりとしてしまうこと請け合いなのですって。
でもそれは王妃様だけに向けられたお顔なのでしょう? 私もこっそり拝見したいですわ。




今日もまた、ここエジプト王宮でも侍女たちの ” ガールズ・トーク ” が止むことはなく、女官長の困った顔が一日中続いたそうである。




おしまい





ひとことメモ

 キャロさんが料理→えっ、まさかまた卵!?と焦ったに違いないメンさんを書きたかったのでした。
 パイ生地にバターは不可欠だと思うんだが、古代エジプトにバターなんてなかったよね、きっと。
 でもすでにヨーグルト的なものはあったんじゃないかな?と思って適当に書きましたが。
 細けえこたあいいんだよ、細けえこたあよw