神の娘


*注意書き

 ・「青玉」に続いて連続でキリ番踏まれたでぃん様からのリクエスト→「激甘x3倍濃縮」
 ・でも激甘すぎたんで胸焼け注意 (´ж`;)ゥ・・ゥップ・・・
 ・初めて書いたシリアス作品。18禁3歩手前……いや10歩手前




神の娘





" 主よ……

どうかわたしの願いを聞き入れてください "








いつからこうして朝と無く夜と無く、あなたのことを祈る日々になったのだろう。
この国の神々へと。
そしてわたしが信じていた神へと。


あなたが遠いあの国へわたしを助けに来てくれた日から?
あなたの傍で生きていくと心を決めたあの日から?



メンフィス……




メンフィス………


お願い、わたしを置いて逝かないで……
願わくば先の世でわたしの見たあの光景が変改していますように。
この気高く尊い命が定められしその限りを既に過ぎたと信じたい。



主よ、どうかわたしの願いを聞き入れて下さい。



それが…命運を変えることが重い罪だとしても。

そして……それが歴史を変えてしまうのだとしても。






―――王はうっすらと開けた目をそっと娘に向けた。

娘は薄絹を巻き付けただけの姿で床に膝立ちになり、胸の前で指を組んで瞳を閉じていた。
ブツブツと何かを小さく呟きながら指先で額や胸元に4箇所触れると、再び指を組み呟き続ける。
わずかな灯りの中浮かび上がるその姿は、王の目に余りにも儚げなものに映った。
既に幾度と無く見た光景だった。
誰に祈っているのかも知っていた。娘の世界で信じていた神なのだと言う。

だが今この時、その神とは未だ誕生さえしていないのだと不思議な事をも言ってのける。
そんな神に祈るなどと一笑に付しても、娘は一向に構わぬ様子で日々祈りを欠かさない。
常ならば己の知らぬ間に一人祈りを済ませているはずなのに、今宵はどうしたことか。



「メンフィス? 起こしてごめんなさい」
「何をしておる。早く休まぬか」
「んーと、そうね……そうするわ」


娘は静かに寝台へ上がると再び王の腕の中へと体を預けた。
白い絹のような柔肌は、先程まで己の与えた悦びによって確かに紅く色付くほど熱を持っていたと言うのに、同じ肌とは思えぬ程にひんやりと冷たくなっている。
その冷たさに漠然とした不安を感じて、彼は娘を強く掻き抱いた。


「このように冷えて……全くそなたは油断がならぬ」
「ふふ……メンフィス、あったかい」

冷えた体をそっとさすってやれば、それに応えるようにしがみ付いてくる。

こやつ……人の気も知らず!

無邪気に体を摺り寄せる娘に心の中で軽く舌打ちする。


「今宵は何を祈ったのだ。またそなたの言う ' 平和 ' とやらか?」
「……そうよ」
「ふん、わたしのことではないのか」
「そ、それは、毎日この国の神に祈っているし……平和はわたしの神様しかきっと聞き入れて下さらないもの」

娘の少し慌てた様子に王はふん、と鼻を鳴らしつつも腕の中の娘が僅かに眉根を寄せていることに目ざとく気付く。


この話になるとそなたはいつもそうだ。
何がそのようにそなたを脅えさせているというのだ?




先の世が読める神の娘。

それはもしや己の命運を知っているに違いないと思い、冗談めかして何時の日か問うたことがあった。
軽く笑って「分からない」と言うばかりで決して答えてくれようとはしない。
真実、命運など特に知りたかったわけでもない。
娘の為ならば命など少しも惜しくは無かったのだから。


「聞いても答えられないの。だって本当に分からないもの。だから二度とそんなこと聞かないで」

そう言って泣きそうな顔をして微笑む娘に憐れを感じ、願い通り二度と尋ねることもなかった。


だが確かに何かに脅えている。
何時になく真剣な思いつめたような祈りの表情が思い出され、王の心がざわざわと音を立てた。

一体何にそのように脅えているというのだ?

だがその疑念を口にすれば娘の祈りを冒涜してしまうような気がして、彼は言葉を呑み込んだ。



「そなたはまこと不思議な娘だ。何処からか突然わたしの前に現れ、このわたしの心を奪い、神の娘ではないと言いながら数多の奇跡を起こし、先の世を読みながらわたしの行く末は読めぬと申す。では一体何が見えているのだ、この蒼き瞳に」

そう言って瞼へと口付けを落とすと小さな肩がぴくりと揺れた。
ゆっくりと開かれる大きな瞳に自分が映し出されて行く様を見ているだけで心が震えた。



「……見えない未来」
「ん?」
「あなたとの未来……わたしも知らないここから先の未来……vision」
「見えぬ未来が……見える? ヴィジョン? そなたの話はまこと要領を得ぬ」


ふわりと笑う声がして、その白い手がゆっくりと王の頬を撫でた。


「それはね、 ' 希望 ' というものよ」
「希望だと?」
「この先何が起きるか本当に分からないの。でも希望なら幾らでも見る事が出来るから」


希望という名の幻想 "vision"……理想の未来像 "vision"……





娘の祈りは誰にも打ち明けられぬ秘め事。
何時になく真剣な祈りだったのは、数年前のこの日が、物言わぬ王と娘との出会いの日だったから。


"「初めまして……すてきな……すてきな少年王」"



まだ今よりも幼い少女だったあの日。
あなたを愛していると気付いた日から何度も思い出す、不思議なあの日の出会い。

あなたの傍でこうして何時までも寄り添って生きていけますように。
わたしにとって過去であるはずの、あなたにとっての先の世であの日見たあの姿が、
わたしを何時も苦しめるあの光景が……

どうかもっと……老いたと言えるほど歳を取ったあなたの姿となりますように。

そしてその横には、同じ程に歳を重ねたわたしが一緒でありますように。



少し遠い目をして切なそうに微笑む娘に再び心が震えた。




未来の像が……そのようなものが、やはり見えているのであろうか?


そなたはやはり神の娘ではないか。

そのような目をして、一体何が見えると言うのだ?

再び母神がそなたを呼んでいるとでもいうのか?





欲しくて欲しくて、狂おしいほどに欲しくて、漸く手にした黄金の娘。

だが何時でも手にした途端に、この腕をすり抜け飛び立って行ってしまう黄金の娘。




神の化身たる己に叶わぬ願いなどあろう筈もないと言うのに、そなただけは思うとおりにならぬ。
神の娘を娶った罰だというのか。
現世の生神とは名ばかりの生身の己を嘲笑(わら)うのか。


言葉にならぬ焦燥が王の心を満たして行く。


ただただ力の限りそなたを抱きしめる他に何が出来る?
この檻の中へ閉じ込める他に何が出来る?




突然急いたような口付けが娘を襲った。

「ん…んん!」


苦しさに思わず娘は愛しい男の胸を押し返そうともがいた。
僅かな抵抗はやがて力を失い、その柔らかな白い手は何時しか黒い絹糸を掻き揚げるように絡みついてゆく。



お願い、もうわたしを離さないで。

わたしを置いて逝かないで。


もっと……強く抱いて。

ずっと……ずっとこうしていて……





漸く解放した薄紅の唇を愛おしげに撫で擦る褐色の指。
しっとりと濡れた感触の心地よさに誘われるように再び唇を重ねる。
舌を絡め、頬を撫で、髪を掻き乱し、まるでその事しか知らぬように何度も何度もその甘さを味わった。
甘く痺れるような口付けを受けて、熱を取り戻した白い肌が再びほんのりと紅く染まり行く。
眦にうっすらと滲む雫を唇で吸い取ってやると、消え入りそうな声で己の名を呼んだ。

「そのように遠い目をしてわたしを見るな。わたしは何処へも行かぬ。そなたをもう何処へもやらぬ。もう二度とこの手から離しはせぬ」
「メン―――」
「わたしのものだ。わたしのもの……そなたはわたしだけの……」




もう何度目か解らぬ口付け。
狂おしいほどの恋情がふたりに呼吸さえも忘れさせた。




何故これほどに愛おしい。



何故こんなにも愛しいの?



絡み合う二つの影が天蓋の紗を切なく揺らす。





まだだ……


まだ足りぬ……
強く抱きしめても、柔く甘い唇をどれほどに味わっても、この乾きは潤わぬ。


ならば。

ならば再びそなたを愛そう。
熱き滾りの赴くままにそなたを抱(いだ)こう。
この身が枯れ果てるまで。

……否、枯れ果ててしまおうとも尚……


愛しいそなたを抱き続け、その身を揺らそう。



幾度でも……




幾夜でも……



永遠にこの腕の中から離しはせぬ。



譬えそなたを神が取り戻しに来ようとも……






ひとことメモ


  (´ж`;)ゥ・・ゥップ・・・
  胸焼けのお薬飲んで来ます。

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