紅焔


*注意書き

 ・おとなげないメンさん
 ・でも絶対こうなると思う
 ・ちょっと字数が短くてスミマセン



紅焔



―――――「それ位にしておけ。さあ、こちらへ参れ。夕餉にいたすぞ」

何時までも妹の揺り篭から離れようとしない息子に向って、半ば呆れ気味にファラオが声を掛けた。

だがしかし、声は息子に向けているのだが、頬に触れる手は、熱く見つめる瞳は未だ王妃へと置かれたままだ。

「はい、ちちうえ」

ラルフは名残惜しそうに揺り篭の妹から手を離して踵を返した。

キャロルとメンフィスの待つ食卓へと走ってくるなり、母へと伸びた父の手を無視するかのように母に抱きついてくる。


「かあさま、ネフェレトはまだあんなに小さいのに、すごい力でぼくの指をぎゅってにぎってきました」
「そう、ぎゅって握ってくれたの?お兄ちゃんだってきっと判ったのよ」
「ほんとうですか?」
「そうよ、あんなに小さくてもね、色々なことが判ってるのよ、赤ちゃんって」
「ふうん」

母と子はパンやスープを口に運びながら、まるでその事しか知らないかのようにはしゃぎ続けた。

つい先程まであんなにうっとりとした顔で己の口付けを受けていたのにと、一瞬で母の顔に戻ってしまったキャロルを内心恨めしく思いながらも、これ程楽しそうな息子の顔は久しぶりだとばかりに、メンフィスは二人の姿を肴に葡萄酒を口に運び続けていた。

この上もなく良い夜だ。

キャロルよ……愛しい妻よ……
そなたを久しくこの腕に抱(いだ)くことができなんだが、

今宵こそ……
今宵こそは、そなたをこの腕に……


「―――そうだ!ラルフ、今夜は久しぶりにかあさまと一緒におやすみしましょうね」
「本当ですか!?かあさま!」

なにっ?なんと申した!?――――王の眉がぴくっと跳ね上がった。

「ええ、本当よ」
「うわーーい!」

「―――ならぬ!」

突然の怒号が響き、辺りの空気を震わせた。

「え?どうしてよ、メンフィス」
「ならぬ!ならぬと言ったらならぬ!」
「なぜにございますか?ちちうえ」
「そなたはもう母と共に寝る歳ではない。いい加減そのように甘えることは控えよ」
「ひどーい、メンフィスったら!母親のわたしがそうしたいって言ってるのよ!? ラルフに寂しい思いをさせてきたから今夜一晩くらい―――」
「――― 一晩くらいだと? いつも一晩で済まぬではないか。それがまたこやつの甘えを増長させるのだと何故解らぬか」
「何言ってるの!? ラルフはまだ5つよ。もう少し甘えさせてあげてもいいじゃない」
「もう5つ、だ」

呆れたようにキャロルはメンフィスを見つめ、傍らのラルフを抱き寄せた。
その反抗心剥き出しの態度に、再びメンフィスの眉の角度が跳ね上がるった。

「ちちうえ! 先ほどはかあさまをひとり占めしてもよいと、そうおっしゃったではないですか!」
「何!? あれはネフェレトが眠る間の事を言ったのだ。わたしはそこまで譲歩はせぬぞ。勘違いするな」
「じゃあ、ちちうえ! ちちうえがかあさまと今夜も眠るのですか!?」
「そうだ」
「どうしてですか!?」
「どっ……我々は夫婦なのだぞ。共に眠るのは当たり前ではないか」
「そんなの! ちちうえばかりずるいです!」
「な、何っ?」
「ぼくだってかあさまと一緒に眠りたいです」
「そなたはもう独り寝するようになって久しいではないか。今頃になってその様な甘えた事を申すな。
それにいつまでも母を『かあさま』などと呼ぶでない。己の立場を自覚いたせと先程申し置いたであろう。
未だ解らぬのか?」

メンフィスの言葉にラルフはぷう、と頬を膨らませて父の顔を睨み付けた。

「ちちうえばかり、ずるい!」
「何っ!もう一度申してみよ」
「ちちうえはいじわるですっ!」
「なっ!」
うわーん、とあからさまに大袈裟に母に泣き付く息子を苦々しく見ながら、メンフィスは怒りで震える手をどうにか堪えた。

「もう!いい加減にして!何なの?メンフィスったら」
「そなたはわたしよりもこやつを優先するのか?」
「そんな事言ってないでしょう?」
「わたしにも限界というものがある! このわたしをそこまで蔑ろにするとは! ええい、もう我慢ならぬ!」
「メンフィス!」

メンフィスが大きな声を出して立ち上がると、揺り篭の中から大きな泣き声が響き渡った。
「ネフェレト!」
乳母係のセシェンという名の侍女が、慌てて王女を抱きかかえ、キャロルの元へと王女を連れて来てその腕に抱かせた。
「まあ、まあ、どしたのー、んん? びっくりしちゃったのね? ごめんね、こわいおとうさまねー。よしよし……」
「無礼だぞ! キャロル!」
「大声出さないでったら」
キャロルの腕の中で火がついたように泣く王女を見たラルフが、物言いたげに父を見上げた。

「なんだ」
「ちちうえこそ、己のたちばというものをじかくなさってはいかがですか」
「ななな、なにぃーー!?」
「親とは子をまもるべきものではないのですか? 赤子をあのように泣かせるなど……やっぱりちちうえはいじわるですっ」
「おのれこやつ、言わせておけば!」


ぶちっ。

ぶちぶちぶちっ。


「もう! 二人ともやめなさーーーい!」

メンフィスが息子に掴みかかろうとしたその時、キャロルのヒステリックな声が響いた。

「メンフィス! いい加減にして頂戴! 大人気ない! ラルフもラルフです! おとうさまに向って何ですか、その口の利き方は! 二人とももう知らないっ! 勝手になさいっ!」

王妃は赤子を抱いたまま立ち上がると、侍女を引き連れて部屋を出て行ってしまった。

思いもよらぬことに父と子は呆気に取られ、なすすべもなく、王妃の後姿を見送ることしか出来なかった。







――――「………ちちうえ」
「………ん……(超不機嫌)」
「ははうえは……怒るとあんなに恐かったのですか」
「……余計な事はよい。早く食べぬか」


かくして、父と子のキャロルを巡っての小さな戦いは、決着を見ることなく終わりを告げ、後に残されたのは、冷め切った食事を不味そうに摂る不機嫌な王と王子の姿であった。




その後、父と子は共に王妃の部屋へ出向き、その夜は親子3人で並んで眠った。

キャロルの腕の中にラルフが抱かれ、そんな二人をメンフィスの逞しい腕が包み込むようにして。






おしまい




ひとことメモ


 この話を読まれた某管理人さまから、パロディとなる続きのお話を頂きました。
 閉鎖なさったサイト様ですし、連絡が取れないため掲載は見送りますが、いつか出せるといいな。