ラルフ君の憂鬱
*注意書き
・まさかの下ネタ
・おげふぃんスミマセヌ
ラルフ君の憂鬱
「あん、もう!メンフィスってば。邪魔しないで頂戴」
「邪魔などしておらぬ。そなたがさっさと仕度いたさぬからだ」
「もう!」
今日も鏡の前でじゃれ合う父と母の姿を呆れたように目にしながら、ラルフは漸く歩き始めたばかりの妹がこてん、と尻餅をつくのを助け起こした。
「ネフェレト、今度はここまでだよ。さあ、おいで」
少し後ずさりして両手を差し出して妹へと微笑むと、呼ばれた妹姫が笑いながらよちよちと兄の方へ向って歩いていく。
後ろから腰に手を回し、首筋に口付けをしてくる夫に困った顔をしながら、横目でそんな息子と娘の様子を見た王妃が柔らかく笑う。
そんな他愛もないひと時がキャロルの幸せな時間だった。
ただ困るのは、子供たちの前でも一向に構わずに愛を求めてくる夫、メンフィスだった。
自分の父親と母親も、挨拶代わりに一日に何度も口付け合っていたし、「愛してるよ」と父が母に微笑む姿は子供心にとても嬉しくて堪らなかったのだが。
いざ自分が母親になってみると、こうして子供たちと一緒にいる時に夫であるメンフィスからことごとく求愛されるのは何とも気恥ずかしく、照れ臭くて堪らなかった。
「何を恥じることがある」
常に堂々としているメンフィスは、理解できないという風情でいつでも不服そうな顔をする。
「だって子供たちが見てるわ」
「だから何だと申す。ラルフ、父がこうして母に口付けるのを見るのは嫌か?ん?どうだ」
そう言ってはまたキャロルの唇をさらっと奪うのだ。
ちょっと前まではそれに妬いたラルフが「ちちうえ!」と真っ赤になって口を尖らせて抗議してきたのに、最近は呆れたような顔をして見るようになった。
以前のように妬かせてちょっとした諍いを楽しみたいメンフィスが悪戯っぽくキャロルにちょっかいを出す。
そのうち、ラルフではなくキャロルから抗議の声が上がり、結局逃げられてしまうのであったが。
ある日の午後、午睡の時間の後でキャロルがネフェレトを連れ、侍女達と東屋の庭先で過ごしていると、王子の護衛の一人であるぺセドが走って来るのが目に入った。
ラルフ、またあの子が何か?
ぎょっとしてネフェレトを抱き上げてぺセドが近づくのを待った。
「どうしたの?ぺセド。そんなに慌てて」
「お、王妃様、お寛ぎのところ大変申し訳ございません。殿下が」
「なっ、何!? あの子がどうかしたの!?」
一瞬心臓が爆発しそうになって声が上擦る。
「いえ、あの、大したことではないかと思われますが、とにかく来て頂けませんか?我々ではどうにも」
「何?どういうこと?」
「殿下がお部屋に閉じこもってしまわれて、出て来て下さらないのです」
「何ですって?」
「中から鍵をかけてしまわれて……いくらお声をお掛けしてもうるさい、入るな、としかお返事が返ってこないのです」
―――「ラルフ?ラルフ、返事をなさい、ラルフ」
「!」
「母様よ。お願いラルフ、ここを開けて頂戴」
「嫌だ……母上、ほっといて下さい」
「どうしたの?ラルフ?とにかくここを開けなさい。お昼のお勉強の時間でしょう?何時かのようにまたお父様に叱られてもいいの?」
「……」
「さあ、いい子だからここを開けて頂戴。母様に訳を話して」
「あっちに行って」
「ラルフ、いい加減にしなさい。皆に迷惑を掛けて我が侭言って。母様怒りますよ?」
「……んで」
「え?なあに?」
「……を呼んで」
「なあに?ラルフ、よく聞こえないわ」
「父上を呼んで!母上じゃ嫌だ!」
「ラルフ?駄目よ、お父様は今―――」
「―――父上を呼んでっ!」
このところすっかり ' 良い子 ' でいたラルフの突然の我が侭な行動に途惑うキャロルだったが、息子の声に尋常ではない何かを感じ、すぐに政務中の夫に使いをやった。
扉の向こうで一体我が子は何を思ってこんな騒ぎを起こしたのだろうか
扉の前で立ち尽くすキャロルの元へ、やがて聞き慣れた足音が近付く。
「メンフィス!」
「如何したのだ?あやつは」
「解らないの。あなたを呼んでって。わたしじゃ駄目だってそれしか」
「ふむ……」
「ごめんなさい、メンフィス。協議中だったのでしょう?」
「いや、丁度休憩に入ろうとしていたところだ」
メンフィスはとりあえず息子の隠れている部屋の扉をコンコンと叩いた。
「ラルフ、扉を開けよ」
暫くして小さく扉が開いた。
ちらっと見えたラルフの瞳は、真っ赤に泣き濡れていた。
―――――「はーっはっはっは!!」
「父上ーっ!」
暫くたって扉の向こうから聞こえてきたのは、意外な事にメンフィスの珍しい高笑いだった。
な、何っ?
立ち聞きなどするつもりはなくて、心配でそこを動けずにいたキャロルであったが、思わぬ笑い声に面食らい、ついうっかり扉に耳を当ててしまった。
傍にいたウナスとぺセドに促され、渋々そこを立ち去ると、自室に戻りイライラしながらメンフィスの来るのを待った。
ウナスとぺセド二人が何やら目配せしているのを思い出したキャロルは、ますますイライラを募らせた。
なあに?何なの?みんなして!
どうして母親のわたしでは駄目なの?
あの子に一体何があったと言うの?
イライラが伝わるのか、腕の中のネフェレトが愚図りだした。
「ネフェレト……あなたまで母様を困らせたいのね」
娘をあやしながら泣きそうな声で呟く。
――――「なっ、何ですって!?性教育っ!?」
素っ頓狂な声を上げて王妃がその大きな瞳から目の玉が飛び出そうなくらいに驚くのを、冷ややかな顔で王は見つめた。
「何をそのように驚く?そろそろ始めねばなるまいと思っておったところだ」
「ま、まだあの子、ほんの子供よ?まだ7歳になったばかりよ!?」
「わたしがそれを初めて教わったのは5つの頃であったぞ」
「そっ……」
「早い方がいいのだ。これから体に異変が起きてくる度にこのように騒ぎを起こされては敵わぬ」
「そ、それはそうだけど……」
「あやつ……相当痛かったらしいぞ」
思い出してくっくっくと笑う夫を信じられない、という目で見ながら、「痛かったらしい」という言葉の意味を解りかねて首を捻った。
「そなたらおなごには理解出来ぬか。はっはっは!」
メンフィスは笑いながら政務に戻るために部屋を出て行った。
初めての体の異変に驚愕して取り乱してしまった王子の為に、新たに「性教育」という授業が加わることが決まった。
そこで王子はとんでもない教師と出会うことになるのだが、それは未だちょっと先の話である。
少しずつ少しずつ
これから少年は身も心も大人への階段を上っていく。
父としては頼もしく楽しみであり、母としては頼もしくあるが寂しくもある。
キャロルはその日の夕餉の席で、一緒に眠ろうと息子に言って、初めて断られて大ショックを受けるのであった。
クスリ、と微笑む父だけがその理由を知っていた。