青玉(せいぎょく)


*注意書き

 ・初のキリリク作品
 ・キリ番踏まれたのはなんとでぃん様
 ・イラっとくるキャロさんに要注意





青玉(せいぎょく)





「あー!?」
「ひ、姫さま?どうなさいました?」

自室での朝の支度の途中、侍女から髪を梳かれながら王妃が素っ頓狂な声を上げた。

な、ない! ネックレスの先が…………ない!!!
そ、そんなっ!

「あの、な、何でもないの、ちょっと……思い出したことがあって」

まだ支度の途中であったというのにソワソワと落ち着きなく目が泳ぎだした主を侍女が訝しげに見つめる。
とうとうじっとしていられなくなったキャロルは意を決して立ち上がった。

「姫さま!お髪のほうがまだ……」
「あ、後にしてくれる?わたし、ちょっと、用事を思い出しちゃって」
「姫さま!どちらへ行かれますの!? お独りではおやめくださいませ!姫さま!」

慌ててバタバタと後をつけて来る侍女たちを無視して、そこから繋がるとある部屋へと王妃が向かった。
その行く先を知った侍女たちは漸く足を緩めた。
王妃付きの侍女といえども、勝手に王の居室へ立ち入る事は許されていなかったし、第一それは無粋なことであったのだ。





そうっと王の寝室へ忍び込むと、既に清掃係によって綺麗に整えられていた。
目の前で敷布の取り替え作業に遭遇せず済んだ事にホッと胸を撫で下ろす。
一度、やはり忘れ物を取りに此処へ入った時に敷布を取替え中で、酷く気まずい思いをした事があったからだ。

だが、敷布の上に落ちていたとしたら……
やはり清掃係の侍女の所へ行って尋ねたほうがいいだろうか?

―――ダメよ、そんなの、恥ずかしすぎるわ。

それに失くしたかもしれないなんて侍女の口からメンフィスに知られたら―――

仕方なく、寝台の周りをキョロキョロと見回してみる。

探すって、こんな広い寝室どうやって?
しかも清掃済みなのだ。
どう考えてもここにはないだろう。


でも……

昨夜は確かにこの胸元を飾っていたのだ。
この寝台の上で。

「やはりそなたによく似合う」
そう言ってそこへ口付けてくれたのだから記憶違いということはないだろう。


やっぱりここじゃなくて、朝お部屋に帰るときに失くしちゃったのかしら。

……どうしよう。
メンフィスから贈られた物だったのに。

メンフィスに何て言って謝ろう……
きっとまたかんかんに怒り出すわ。

い、言えない。
あああ……どうしよ……

泣きそうになりながら、諦めきれずに再び寝台の周りをぐるっと一周してみる。
シーツをめくりながら、床に這いつくばって寝台の縁をぐるっと巡る。

もう、こんなとこ見つかったらまた怒られちゃう。


その時、寝台と柱の僅かな隙間にきらっと一瞬光る物が目に入った。

「?」

手を突っ込んで取り出してみると、それはあろうことか見たこともない耳飾だった。

「!」


深く蒼い色の石を使った繊細な意匠で、女性の耳を飾るために作られた物であることは間違いなさそうだった。
それもかなり高貴な者が身につけるような品だったのだ。

何、これ?

どうしてこんなものがここに?

これは……

どういうこと?

これは……わたしのイヤリングじゃない。



わたしのものじゃないわ――――







――――「姫さま、ほら、お庭に鳥が飛んできてますわよ!見に行かれません?」
「姫さま?お部屋に飾るお花をご一緒に摘みに行きましょうよ」

朝からずっとふさぎこむ王妃をテティや他の侍女達があの手この手で外に誘い出そうとしていた。
その度に曖昧に首を振り、ぼうーっと外を眺めたかと思うと、手元の書物へ目を落とすのだが、読んでいる風でもなくまたため息をついて外を眺める。
今日の王妃は人を寄せ付けない雰囲気なのだ。
ぼうーっとしているようで何だか殺気立っているようでもある。
自分に気を使う侍女達をありがたいと思う反面、今は誰とも口を聞きたくなかった。

失くしたネックレスの先飾りなどもうどうでもいいことのように思えた。
メンフィスの部屋で、しかもあろうことか寝台の側で見つけてしまった物は、余りにも衝撃的な想像力をもってキャロルを苦しめる。


わたしと出会うよりうんと前に、きっと誰かが落とした物なのよ。
そうよ、きっと……うんと、うんと前のことよ。

解っていたことじゃない。

メンフィスがわたしと出会う前には……おそらく数え切れない程の女の人がメンフィスに……



頭では理解してきたつもりの事も、こうして目に見える物で事実を突き付けられ証明されてしまうのは心底辛かった。
じんわりと視界が滲んできたかと思う間もなく、膝の上に置かれた手の甲にポタポタと涙が零れた。

「ひ、姫さま??いかがなされました!?」
「……お願い、独りにして」

やっとのことでそう言って侍女達を部屋から追い払った。
お気に入りのテティさえも遠ざけて、ひとしきり泣いた後、そっとバルコニーへと歩き出す。

ふっと下を見やると池の周りに鳥たちが集まってきている。
その様子をぼんやりと眺めるでもなく無感情にただ立ち尽くしていた、その時。


「キャロル」

「!」


今一番会いたくない人の声に体が固まった。

メンフィスは、呼びかけに少しの反応も見せないキャロルを不審に思いそっと近付く。

「キャロル、そんな所で何をしている」
「……」
「キャロル、返事をせぬか」

後ろから肩を掴まれ、無理やり振り返らされたキャロルは、逃げるように部屋の中へと足を進めた。

「待て、どうしたのだ、キャロル!待てと申すに!」

追い付かれ腕を掴まれたキャロルは必死に抵抗した。

「放して!」
「どうしたのだ!」
「いやっ!放って置いて!独りにして!」
「キャロル!」

無理やり顎に手をかけ上を向かせると、泣き腫らした瞳がそこにあった。

「何を泣いていた」
「……」
「わたしに申せぬことか?」
「……」
「黙っていては解らぬ」


メンフィスはキャロルの腕を掴んだまま近くにあった寝椅子へと腰掛けた。
立ったままのキャロルを見上げ、まじまじとその表情を窺う。

「そなた……もしやこれを失くして気を落としていたのか?泣くほどに?」

メンフィスは手にしていた小さな包みをキャロルへと渡した。
渡された布を開いてみると、失くしたと思っていたネックレスの先飾りだった。

「これっ―――」
「今朝敷布の上に見つけた。そなたが気が付かず、侍女に片付けられてはまたそなたが大騒ぎすると思い、わたしが預かったのだが……昼餉の際に渡すつもりで戻ってみれば、そなたがそこまで気を落としていたとは」
「………」
「何だ、嬉しくないのか?」
期待通りの反応を示さないキャロルに、メンフィスは苛立ちを含んだ声色を注いだ。

「……ありがと……」

それだけ言うのが精一杯で、再びキャロルの瞳からポロポロと涙が零れた。

「キャロル!」

逃げようとするキャロルを再びメンフィスが捕える。

「一体どうしたと言うのだ!」
「いやっ!」
「申さぬか!」
「……酷いわ!メンフィスの馬鹿!」
「な、何っ!?」
「あんなものっ……あんなものなんか―――」
「―――あんなもの?」
「わたしと出会う前だからって、酷いわ」
「な、何を言っているのだ?さっぱり訳が解らぬ!」

とうとうメンフィスも堪えきれずに声を荒げた。

「あんなものだの酷いだの、そなたの話はさっぱり解らぬ!きちんと説明いたせ!」

その言葉にキッとメンフィスを睨み返すと、キャロルは腕を振り払い、机の上の小箱をメンフィスへ乱暴に手渡した。

「お返しするわ!わたしのものじゃないから!」
「何だと!?」
「どちらの国の王女さまだか貴族のお嬢さまだか知らないけど、お忘れになって行ったみたいだからお返しするって言ってるの!
それともなあに?夜伽の侍女へのご褒美?わたしに出会う前のことだからって言い訳すればいいわ。でもおあいにくさま。わたしちっとも妬いてなんかないんだから!」

一方的に捲し立てるキャロルをうんざりした顔で眺めながら、メンフィスは小箱の蓋を開けて中を確認した。

―――これは!?

「……どこでこれを見つけた」
「ええ!?どこだっていい―――」
「―――どこで見つけたと聞いておる」
「それは……メンフィスの、寝台と柱の隙間で」
「……そうか」

メンフィスは顔色ひとつ変えずにただ一言そう呟くと、箱の中の耳飾を取り出してキャロルの耳に飾ろうとした。
思わずその手をキャロルが振り払う。

「何するの?わたしのじゃないって言ってるでしょ」
「そなたのものだ」
「なっ、何言うの!?わたしのじゃないわ!」
「そなたのために作らせた」
「な……?」

メンフィスはニヤリと笑うとキャロルの腕を引っ張り、寝椅子へ引き倒した。
「嘘よ。信じない!都合のいい言い訳だわ」
「ほう、信じられぬと申すのか?このわたしが?」
「だって、あんなところに……」
「それはわたしが不覚をとったからだ。眠るそなたの耳にこっそり飾って似合うか否か試したことがある。
その時うっかり片方を落としたまでは覚えているが……」
「いつの話よ」
「昨年だ。実はこの耳飾を贈るつもりで工房に頼んでいた。うっかり片方失くしたと思い込み、急遽その首飾りを贈った」
「ええ!? そ、それじゃあ……」

メンフィスはジロリとキャロルを睨むと、両手を押さえつけた。

「先程は随分と勝手な妄想を捲し立ててくれたな。このわたしに向ってあそこまで暴言を吐くとは大した度胸だ」
「そっ、それは」
「どこぞの王女と、だと!?夜伽に褒美だと!?このわたしに向って、なんと怖いもの知らずな女だ。即刻手討ちにされてもおかしくないぞ」
「メ、メンフィスが悪いんじゃない!それに本当のことじゃない!わたしに会う前は……」
「それがどうした」
「ど、どうしたって……そんなことわたしに言わせないで!」
「ほう……妬いているのか」
「なっ」

反応を面白がる風なメンフィスの瞳に、だんだんと怒りよりも切なさが込み上げ、キャロルは知らず知らずのうちに再び視界が滲むのを感じて顔を背けた。

「……酷い」
「酷い?わたしが?酷い暴言を吐いたのはどちらだ」
「酷いわ……わたしだって……」
「キャロル」



メンフィスはキャロルを抱き起こすとそのまま胸に抱きしめてそっと髪を撫でた。


「キャロル、わたしの過去がそんなに気になるか?こんなにそなたを思っているわたしの過去が?」
「知らない。妬いてなんかいないもの」
「まことそなたは我が侭だな。このわたしがこれ程そなたを愛しんでいるというのに……解らぬか?」
「……」
「過去など忘れよ。わたしはそなたほど愛しめる女に出会ったことなどない。それまで心奪われた女も一人もおらぬ。本当だ。そなたしか愛さぬと何度申せば解る?」
「……ひっく」


キャロルの嗚咽が激しくなった。

「泣くなと申すに」
「だって……ひっく……わたし……わたし、恥ずかし……ひっく」

メンフィスはキャロルの顔を離してじっと見つめた。
何度指で拭ってやっても後から後から溢れる涙に困った顔で口付けを落とす。


「まことそなたは……いつでも早とちりばかりしおって」
「う……」
「わたしがそなた以外の女に贈り物などしたことは一度もない。本当だ」
「う……」
「何度も言うが、未来永劫、愛する女はそなただけだ」
「う……」
「……他に何か申せぬのか?」
「う……」

漸くキャロルの顔に笑みが戻り、泣き笑いの顔で照れ臭そうにメンフィスを見上げていた。


メンフィスは手に持ったままの耳飾を今度こそキャロルの耳朶に飾ってやる。

「やはりよく似合う」
「……メンフィス」

そして今度こそゆっくりとその唇を味わうために再び涙を拭ってやる。



「わたしに暴言を吐いた罰だ。昼餉は要らぬ。代わりに、そなたを堪能いたすとしよう」
「や……いやよ!こんな昼間から」
「否やは言わせぬぞ」






――――シャラシャラと耳元で鳴る音の心地よさか、王の腕の中の居心地よさか……
気持ちよい風の吹く昼下がり、幸せそうな笑みを浮かべ眠る王妃の両の耳朶には、忘れ去られたサファイアが光を取り戻し輝いていた。






ひとことメモ


 これまたヒドイ。

 でぃん様、ゴメンナサイ、ってことで次作「神の娘」でリベンジすることに。
 でも結局リベンジならず、再び撃沈の憂き目に。

「青玉(せいぎょく)」言い訳ページへ