Home Sweet Home 2 ―おまけの話 その1


*注意書き

 ・メンさんのイメージを壊されたくない方は読まないほうがいいかも
 ・Ice bag ⇔ Ice pack 両方の呼び方があるようですが、bagのほうが馴染み深いので「バァグ」で






Home Sweet Home 2





おまけの話 その1.「Ice bag」





寝台の上で背を起こし、子供用の玩具を弄びながらメンフィスはちら、と横目で様子を窺う。
すぐ脇に用意された寝椅子に横たわるラルフの髪を、メンフィスに背を向け寝台に座ったキャロルが撫でている。

「いつもはなかなかお午睡(ひるね)してくれないのに。余程疲れたのね。ま、無理もないけど」

昼餉の途中から重く閉じようとする瞼と闘っていたラルフの様子を思い出し、キャロルは愛おしそうに我が子の寝顔を見下ろしていた。
メンフィスが再び横目で見遣ると、ラルフの胸が規則正しく上下しているのが見えた。

「漸く寝たか」
「ええ」
キャロルはラルフの髪から手を放すと、ふぁぁ…と自らも欠伸をして腕を伸ばした。
「きゃあ!」
すかさずその腕をメンフィスに掴まれて引き寄せられ、引っくり返ってメンフィスの膝の上に背中から倒れこんだ。
「……ん」
覗き込まれるように口付けられ、さらさら、とした黒髪に視界を覆い隠される。

「駄目、メンフィ……んん」
抗議の声はまたもや唇で封じ込められる。

長い長い口付けのあと、ようやく開放された桜桃色の唇は、しかしまだ愛しい男の褐色の指に優しく撫でられ、少しも休まる暇(いとま)を与えられない。
自分を見下ろす二つの黒曜石に欲望の炎が灯るのを見て取り、唇を撫でる指をその白い手で引き剥がす。

「絶対、駄目」
「王子なら午睡しておるではないか。一度寝れば暫く起きはせぬ」
「そうじゃなくてっ……駄目、絶対駄目よ!」
「そう駄目、駄目と申すな」
形良い眉目がピクッと跳ね上がる。
「嫌よ!それだけは嫌!」 
ラルフがそばで寝ている上に、実家でそんなことをするなんて!
キャロルは必死になってメンフィスの手を押し留めようとした。

駄目だ、嫌だと言われて、簡単に引き下がるメンフィスでは無い事くらい、それこそ嫌に成る程解っているだろうに。
拒絶の言葉は更にメンフィスの欲望の炎を大きくさせる。

「起こしたくなくば、声を出さねばよいではないか」
「そんなの無理よ!……あ……」
言ってからキャロルの耳がカーッと熱くなる。
その言葉にメンフィスは意味深げにニヤリ、と口元を歪め、キャロルの耳を指で弄び始めた。
「あっ」

メンフィスだけが知っている。
キャロルの弱点。 攻め立てられるたびに真っ先に陥落する砦。
「や、やめて。お願い」
「なぜだ。やっとそなたと二人きりになれたというに」
「やあ!駄目だったら」
嫌がるキャロルがメンフィスの手首を掴み、引き離そうともがく。
こやつめ。刃向かうなど許せん!

仕置きをしてやろう、とメンフィスがキャロルの耳朶に唇を寄せようとした、まさにその瞬間。


(コンコン)「キャロルー? 開けていいー?」

「きゃっ!」
「!!」
声と同時にキャロルがびっくりして飛び起きた。


―――ゴツン!


「ぐっ……」
鈍い音と同時に、顔に、唇に激痛が走り、反射的にメンフィスは仰け反った。
「いったーーい!」
額を押さえ足をバタバタさせてキャロルが起き上がると、そこには顔面を突伏して死んだように動かないメンフィスの姿が!

「メ、メンフィス?」
「うぐっ……」
「メ―――」
「―――キャロル、どうかしたの?大丈夫?」
「マ、マリア?」

ドアから目を真ん丸くして顔を覗かせたマリアは、ベッドに転がる二人を見ると「しまった!」という顔をして舌を出した。
「わっ!邪魔してごめん! ラルフの着替え、ここに置いとくからっ」
顔を引っ込め、手だけ出して着替えの入った籠を床に置くと、バタンとドアを閉めマリアが走り去った。

「―――っ!」
「メンフィス!ご、ごめんなさい!だ、だ、大丈夫?」
「……ら……らりおふるっ!」
「えっ?」
やっとのことで体を起こし、手で左の顔を押さえたメンフィスが、恐ろしい目でゆっくりキャロルに振り返った。
「こっ、ころっ! いだいではらいがっ!」
「えっ?えっ?」
どうやらメンフィスは、「何をする!痛いではないか!」と言ったのだ、とようやくキャロルは気付き、さーっと青ざめた。


「メ、メンフィス、見せて」
「……」
メンフィスの顔から手を外し覗き込むと、左目が痛みで開かず、内側を切ったらしい唇の左側も紫色に腫れて少し出血していた。
「!!」
「まったふ……そそっがしいにもほろがあるっ!」
「ごめーん!ごめんなさいメンフィス! わ、痛そう……そうだ、冷やさなきゃ!待ってて!」
キャロルは慌ててベッドから飛び降り、バタバタと部屋を出て行った。

……なっ、何なのだ! 全く!
メンフィスは顔面を支配する痛みと、思わぬ邪魔が入った怒りとで、キリキリと歯噛みし髪を掻きむしった。



―――やがてパタパタと足音がして、キャロルが戻ってきた。

「メンフィス!これで冷やして!」
「何だこれは」
「氷よ」
「む……」
何やら黄色い化け物の絵が描かれた冷たい袋を顔に押し当てられ、冷たい感触の気持ちよさと痛みの狭間でメンフィスは、ふーっと息を吐いた。

「痛む?痛むわよね?ホントにごめんなさい」
泣きそうな顔をして自分を覗き込むキャロルに一瞥をくれると、メンフィスはそのまま仰向けに倒れこんだ。
「……」
腫れた唇が痛々しかった。

メンフィスのこの綺麗な顔になんて事しちゃったのかしら。
ちゃんと元に戻るかしら。
ごめんね、ごめんね……そう何度も言いながらメンフィスの髪を梳き続けるキャロルだったが、「それ」が何度も目に入る度に、何だか可笑しくなってしまい、我慢できずに「ぷっ!」と吹き出してしまった。

「……何故笑う」
「ご、ごめんなさい! だって……だって」――尚も笑いが止まらないキャロル。
「こっ、こやつ!」
「わー!許して!」
訳が解らず怒りに任せてキャロルの腕を掴み、己の胸へと引き倒す。
「そなたのせいぞ! しっかと看護いたせ! それを笑うなどとは、なんと無礼な」
「ごめんなさい」
しかしまだキャロルは笑っている。
キャロルの視線が顔面の氷袋にある事に気付いたメンフィスは、不審に思い氷袋を顔から外してじっと見た。

「……。 何なのだ、この……黄色い化け物は」
「くっくっ……ビッグバードって言うの。それ、私の子供の頃のものなのよ」
「……ふん。何が可笑しいのやら。さっぱり解らぬわ」
メンフィスは拗ねたように唇を尖らせると、再び氷の袋を顔に当てた。
キャロルはメンフィスの胸の上に頭を乗せて、いつまでもメンフィスの顔をくすくす、と幸せそうな顔で見上げている。

勇猛果敢で雄々しい古代のファラオ、メンフィスが……生ける神である存在のメンフィスが……
ビッグバードのアイスバッグで顔を冷やしてる姿なんて!
そのギャップがあまりにも可笑しくて、何だかメンフィスがどうしようもなく可愛くて思えて、堪らなくなった。

イムホテップやミヌーエ将軍にはとてもこんなとこ見せられないわね。
それに、可愛いなんて言ったらきっとまた猛烈に怒るわよね。

ふふっとまたも笑いながらキャロルは、メンフィスの顔をじっと見つめた。
ぎゅっと胸を摘まれたような甘い痛みを噛み締める。

メンフィスのこんな姿を見れるのも……私だけの特権?

諸外国にまで轟くメンフィスのその美貌。女であれば誰もがひと目彼を見たその瞬間、たちまち虜になってしまうと言っても過言ではない。
もちろんキャロルもメンフィスのそのあまりの美しさに、はっと息を呑む瞬間があることは否めない。

だが。
キャロルが胸をつかれるメンフィスの「顔」は、キャロルだけが知っている、余りにも無防備な瞬間にのみ現れる「顔」だった。
「顔」そのものというより、「表情」「姿」という言葉に置き換えてもいいだろう。
キャロルだけに見せてくれる、誰も知らないメンフィスの色んな顔。胸の中の、ある一部分をぎゅっとつねられるような、甘く優しい痛み。その瞬間に出会えた時、キャロルの心は幸福に打ち震えるのだった。
そしてそのことはキャロルの心に唯一の優越感をもたらしていた。


「……いつまで笑っておる」
憮然とした声。
「ふふっ。嫌がることするから罰が当たったのかもよ」
「何っ」
「ふふ、冗談よ。ホントごめんなさい、メンフィス。痛かったでしょ?」
メンフィスの顔へそっと手を伸ばすと、その手を掴まれ、逆にキャロルの顔にメンフィスの手が触れた。

「そなたの方こそ。痛かったであろう?」
「? ううん、私は大丈夫よ」
「私はこれしきの怪我など慣れておる。そなたの顔に傷なぞ付かなくて、よかった」
「メンフィスったら」

幸福感で胸が切ない。

こんなおっちょこちょいでそそっかしい私を、呆れながらもいつも守ってくれようとする愛しい人。
横暴だけど。すっごーくやきもち焼きだけど。
すぐ怒るし聞きわけがないし、強引だし我が侭だし……

でも、でもでも……

誰よりも私を、私だけを愛してくれる。
いつでも私を守ってくれる、本当は優しい人。

ただ一人の、私の愛する人。

私の命よりも大切な、愛しい人。


「……ここに触れよ」
「え?」
メンフィスが腫れた唇の傷に自分の指を当てている。
「触れよ。さすれば許そう」

仕方ないわね。そんな風に笑ってキャロルはその白い指でメンフィスの唇にそうっと触れた。

「――そうではない」
「え?」
メンフィスの瞳を見つめると、いつもの、二人きりの時だけに見せる、切なく自分を見つめる、あの優しい瞳だった。
またしてもキャロルの心が甘く痛み出す。

「……だめよ……きっと痛いわよ」
「……かまわぬ」

ほんと、聞きわけのない人。

くすっと笑って、キャロルは、メンフィスの唇の傷にそうっと何度も優しく口付けた。


「暫し休もう」

メンフィスはキャロルを胸に抱いたまま、満足げに瞳を閉じる。

いつものように、その美しい金色の髪をそっと撫でながら。


愛し合う美しい者たちの午睡の時間は、優しく、優しく過ぎていく。








ひとことメモ

 スイマセン、ほんっとスイマセン。
 メンさんがキャラもののアイスバッグで顔を冷やす、という姿が浮かんでしまい、どーにも我慢出来ずw