Home Sweet Home 2 ―おまけの話 その2


*注意書き

 ・一転、ライアン兄さんがメンさんと楽しくおしゃべり
 ・そんなのありえない!(笑)
 ・でも書いちゃった!






Home Sweet Home 2





おまけの話 その2.「In the twilight」



「とうさま! あれに乗ってもよいですか?」
「よいが、怪我の無き様にな」
わあい!と歓声をあげ、ラルフはブランコに飛び乗った。
エジプト王宮にブランコなど無い。誰が教えた訳でも無いというのに、地を蹴り、勢いよく漕ぎ出すその様子にメンフィスは思わず目を細めた。

リード家の広い敷地内の庭の一角。
子供用のブランコやシーソー、砂場やハンモックなど、子供の喜びそうなものがあれこれと点在している。
それらはリード夫人が可愛い孫娘ジュリアのために作らせたものだ。
ロディが、ラルフとジュリア二人の子守を一手に引き受け、二人を追い掛け回している。
午睡から覚め、再び元気一杯になったラルフとジュリアが打ち解けるのに時間は掛からなかった。

少し離れた場所でメンフィスが芝生の上に腰を下ろしてその様子を見守っていた。

「……」
「?」
気が付くと、目の前に茶色い小瓶が差し出されている。
振り返ると、ライアンがメンフィスの横に腰を下ろしつつ、自分に差し出しているのだった。
「ライアン殿」
「一緒にどうだ?」
「……これはかたじけない」
カツン、と軽く瓶をぶつけ合って乾杯し、見よう見真似で小瓶の蓋を開けるとメンフィスは一瞬口に含むことを躊躇ってライアンを横目で見やる。
毒酒で幾度も痛い目に遭っているが故の彼の不安を他所に、ライアンはゴクゴクと喉を鳴らした。
「ふーっ」
「……」
覚悟を決めたように、メンフィスの喉もゴクリと音を立てる。
先刻、キャロルによって付けられた唇の傷に沁みて痛かったが、喉を通り抜けるヒリヒリとした刺激にメンフィスの顔が心地よく歪む。
「御国の物とは随分味も風味も違うだろうが、悪くはないだろ?このビールも」
「なかなかに旨い」
普段彼のような身分の高い者がビールを飲むことはあまり無いのだが、満足そうに頷くと、メンフィスの喉がごくりと音を立て続ける。

「―――いやだわ、マリアったらー!」
家の中からは時折、キャロルやマリアのはしゃぐ声が聞こえてきていた。

先刻。片時も離したくないばかりにその手を掴み、一緒に庭へ連れ出そうとするメンフィスに、キャロルは笑いながらこう言った。
「メンフィス!私ママやばあやの手伝いしたいの。夕飯の準備とか色々あるし、マリアともゆっくり話したいし……つまり ” Girls’ talk ” ってこと!」
片目を瞑りながら、「さあさあ!」と家の外に追い出され、憮然としたままここで腰を下ろしているのだった。

「ライアン殿、” ガールズ・トーク ” とは、一体何のことか御解りか?」
「はは……女同士の他愛ないお喋りのことさ。キャロルにそう言われて追い出されたんだな?」
「いかにも」
憮然としたままメンフィスが答えた。

そう言えば王宮でもナフテラが侍女達のお喋りに日々頭を悩まされておったな。
全く女どもときたら、男に言わせれば実に取るに足らぬ下らぬことを次から次へと、放って置けば日がな一日中でもぺちゃくちゃと喋り続けている。
「大概にいたせ」 そう叱り付けてキャロルとテティのお喋りを止めさせたことも一度や二度ではなかった。
こうして静かに酒を酌み交わすだけで通じ合える男とは、どうしてこうも違うのか。

それにしても。
この私をあのように追い出すなど以ての外ぞ!
あやつめ! この私を蔑ろにしおって。
やはり仕置きをせねば。

そんなことを考えていると、ラルフの楽しそうな笑い声が広い庭中に響き渡り、メンフィスの意識が呼び戻された。
「とうさまー!」
ブランコから楽しげに自分を呼ぶラルフに目を細めながら、メンフィスは再びゴクリと喉を鳴らす。

既に空は黄金色から茜色に色を変え始めていた。


「―――しかしいつまでも子供だと思っていたが……母親になっていたとはな……」
ブランコの上のラルフを眩しそうに見つめ、ライアンがまるで独り言のように呟く。
「随分とお転婆な母親で大変そうだがな」
ライアンがメンフィスに笑いかける。
「はは……左様。キャロルとあの子と、時にどちらが子供か解らぬこともござる」
黒曜石の瞳に黄金色が映りこみ、メンフィスの柔らかな笑みがより一層際立った。
ついさっきまでキャロルに追い出され憤慨していた筈なのに、やはり愛しい妻の話になると笑みがこぼれてしまう自分に心の中で苦笑した。

「……しかしながら……時に私こそが一番子供かもしれぬ」
「?」
メンフィスは柔らかな笑みのまま、ラルフの方をじっと見つめていた。
「私は母を知りませぬ。母は私を産み落とし直ぐに逝ってしまわれた」
「……そうか……それは」
気の毒に、と続けようとしたライアンを軽く手で制し、メンフィスは言葉を続けた。

「キャロルの母としての姿が、母の居らぬ幼き頃の私を癒してくれるような……そんな気がしてなりませぬ」
思わぬメンフィスの言葉に、いつまでも子供だと思っていたキャロルの母性を感じ、ライアンはキャロルをまた少し遠くに感じた気がした。

それは自分の知らないキャロルだった。
守ってやらなければならない存在だった小さな妹が、知らぬ間に恋を知り、母となり、大人になっていこうとしている。
それはきっと喜ばしいことなのだ。
しかし、長い間会えずにいたことで、自分の中でのキャロルは未だ守るべき、か弱い存在のまま時が止まっていた。
先程の神々しささえ感じたキャロルの碧く強い瞳を思い出し、自分だけが時の流れが止まっていたのかと、ライアンは思わず苦笑した。

「……気付けば弟も妹も……人の親か」
自嘲気味に笑うライアンをじっと見つめ、メンフィスは残りのビールをぐっと飲み干した。

「ライアン殿には、どなたか居られぬのか? つまり、好(よ)き人が」
「あいにく、僕はその方面は全く」
「なんと! ライアン殿なら女どもが放っておくはずもなかろうに」
メンフィスの言葉にライアンは短く笑って首を振った。

実際ライアンはよくもてた。
強大なリードコンツェルンの若く美しき総帥である彼には、常に色々な誘惑が待ち受けていたし、縁談話も引く手数多であった。
だがとてもそんな気にはなれなかった。
自分の幸せより、会社のこと、家族のこと、そして何にもましてキャロルのことで精一杯の日々であったし、それが自分の使命と信じて疑うことなく突き進んできた。

「自分の時間など殆んど無かったからな……何しろ今まで僕の時間は仕事と、妹を捜すことだけに費やされてきたんだ。この何年もな」
 
そう。何年も、何年も、まるで取り憑かれたように働いてはキャロルを捜す日々だった。

「……それはまこと……申し訳なき事をしたな」
「全くだ」
ふん、と笑って軽くメンフィスを睨む。
「心にも無いことを言わなくてもいいぞ。謝るな。決心が鈍る」
ライアンの言葉に負けじとメンフィスが軽く笑って言い返す。
「なに、私とて同じこと。キャロルが此処へ戻って居る間、眠る間なくキャロルを捜し明け暮れたものだ」

このようにすぐ手の届く場所に居たなど知る由もなかったが。途轍もなく近く、途方もなく遠いこの場所に。

心の中でメンフィスは呟き、同じ思いに苦しんだであろう義理の兄をじっと見つめた。

「ライアン殿、もう安心されよ。この後は好き人を探されるがよかろう」
思いもしなかった言葉をかけられ、ライアンは僅かばかり目を見開き、数回瞬かせた。
「キャロルならもう心配には及ばぬ。先刻申した通り、私が命を賭けてお守りいたす」
その言葉に思わずライアンはメンフィスの腕を掴んだ。
「解っているだろうな? さっき言ったことは本気だぞ? キャロルをまた悲しませたりすれば―――」
「―――心配には及ばぬと申した。案ずることはござらぬ」

その時だった。

「ちちうえーーーっ!」

気が付けばブランコを飛び降りたラルフが、二人の許へ走り寄って来ていた。
「ラルフ」
「こやつっ! ちちうえにぶれいをはたらくでないぞっ!」
ラルフはライアンに向かってそう言いながら、メンフィスとライアンの間に立ちふさがり、メンフィスを庇おうと両手を広げていた。
いきなりのことにライアンもメンフィスも面食らって暫くの間キョトンとしていたが、二人ともやがて豪快に吹き出した。

「いや参った。そんなに敵視されてしまったか」
ライアンは苦笑しながらラルフの頭を撫でた。

「そなたの方こそ無礼であるぞ、ラルフよ。父はそなたの伯父上と楽しく話をして居ったのだぞ」
父の言葉に恐る恐る振り返るラルフを、内心可笑しくてたまらないものの、わざと厳しくメンフィスは「ん?」と咎めるような瞳を返した。
「たのしく?」
「そうだ。男同士の話だ」
「でもちちうえ……」
常ならば腕を掴まれて黙っているはずもない勇猛なファラオである父が、楽しく話をしていたなど幼い子に理解できるはずもなく、憮然とした顔でライアンをまた睨みつける。
メンフィスはラルフを自分の方に向かせるとじっとその碧い瞳を見つめた。

「そなた、この父を守ろうとしたのだろうがとんだ思い違いぞ。伯父上とはもう争ってなどおらぬし、仮にそうだとして、父はそなたの助けなどまだまだ要らぬ。よいか?」
「でも、ちちうえ」
「そなたの気持ちは嬉しく頼もしくも思うが、今この時にそれは必要ない。それにラルフよ、そのような態度を見れば、そなたの母がどう思うかな?」 
「ははうえが?」
「そうだ。母を悲しませたいか?」

質問の意味がよく解らずにラルフはじっとメンフィスの目をみつめたままだった。

何故かあさまが悲しむの?
ぼくが……ぼくがこのライアンってやつとなかよくしないから?
そんな……ぼくはただとうさまをまもろうとしただけなのに。

「だってとうさま……いえ、ちちうえ。さっきみたいにちちうえのうでをつかんでこわいかおをしていました。だからぼく……」
「なんだ、さようなことか。案ずるな。伯父上はキャロルを、そなたの母上を大事に思うあまりに、この父にくれぐれも頼むぞと、そう言っておられたのだ」
メンフィスの、優しく諭すような言葉を聞いたラルフはゆっくりとライアンへ振り返ると恐る恐るその目を覗き込んだ。
「……ちちうえのおっしゃることはほんとうか?」
ライアンは優しく微笑んでラルフに頷いて見せた。

「解ったか?ラルフ」
「……はい、ちちうえ」
「では伯父上に言うべき言葉があろう。 ん?」
ラルフはじっとメンフィスの目を見つめていた。

ラルフは少し憮然としながらも小さく頷くと、ライアンへ振り返った。

「……んなさい」
「聞こえぬぞ、ラルフ」
「ごめん……なさい」
しゅんとうな垂れ素直に「ごめんなさい」と言うラルフを優しく見つめ、ライアンは再びラルフの艶やかな黒髪をくしゃっと撫でた。

「いや、いいんだよ。僕こそ悪かった。誤解を招くようなことをしたね?僕こそ許してくれるかい? でもこれでおあいこだな? 今度こそ本当の仲直りだ」
ライアンはそう言ってラルフを抱き上げ肩車すると、ゆさゆさっとその小さい体を揺すった。
「うわーっ!なにをするっ」
「いいか?ラルフ。ママを泣かせたりしたら、このライアン伯父さんが承知しないぞ?」
「そのようなことするわけないっ!」
「素直じゃないな。言うこと聞かない子は落っことすぞ」
そう言って再びラルフの小さい体を揺する。
「やっ、やめろ!ぶれいな!」
「ははは……よしラルフ、木登りでもするか」
ライアンは肩車したまま立ち上がると、庭の奥の方へ歩き出した。

あやつめ。照れ隠しに乱暴な言葉を吐きよって。
なんと父に似て強情な。

ますます自分と似てくる息子の後姿に言葉にならない愛しさを感じながら、メンフィスは目を細めて二人を見送る。

「……まこと、今日の酒の旨きことよ」
笑いながらそう言うと、メンフィスは空になった瓶を手に立ち上がり、家の中に入って行った。









ひとことメモ


 今読むとライアン兄さん優しすぎて違和感w